真宗大谷派 

高須別院 二恩寺

高須別院 二恩寺ホームページにようこそ。
岐阜県海津市にある真宗大谷派(東本願寺)の別院です。

高須別院二恩寺紹介

歴 史

 
  安八・石津・海西三郡の90ヶ寺は十日講をつくり、文政5年(1822 年)2月28日付、第20代達如上人からいただいた名号と「御書」によって103ヶ村を巡回教化してきた。こうした教化活動の中、文政12年(1829年)高須藩主、松平摂津守義建(よしたつ)公が、海津郡高須村に寺地を寄進し、桑名別院掛所として建立し、境内地を拡張し堂宇を整備しました。寺号は二恩寺と号されました。二恩寺とは「仏恩」と「世(俗)恩」を受けて成就したことから名付けられ、俗に高須御坊と称していました。 

明治11年6月
第21代巌如上人の時、桑名別院より独立し、高須別院二恩寺となりました。 


明治24年10月28日
濃尾大震災により、堂宇全壊の甚大な被害を被りました。早速、復興に着手し、木材等も集められましたが、明治29年夏の未曾有の大洪水により、多くの人を失い、集められた別院再建用の材木等もことごとく流出してしまいました。 


大正8年
本堂再建工事が再開されました。基礎工事には近隣の村々を始め、広く西濃尾の各地から多くの人々が手弁当で奉公に汗をし、材木は養老山の小倉谷一帯から切り出し、小倉谷・揖斐川を流し、運搬されました。莫大な金額や苦難と戦いながら8年の歳月をかけ、大正15年に現在の本堂が地域教化の殿堂として完成されました。 

この工事には2つの伝承があります。 

1つは、莫大な負債整理に海津町札野の丹羽都奈治氏に格別のご尽力を賜ったこと。 

2つは、毛仏の伝承です。本山再建の際の毛綱は有名ですが、高須別院にも当時の篤信の女性の髪の毛で作られたといわれる尊い「毛仏」が安置されています。 


昭和34年2月28日
庫裏建築工事に着工し、6月上棟式を行うも、9月24日、伊勢湾台風により鐘楼倒壊、樹木倒伏、本堂を始め建物の損壊も著しかったのですが、35年4月には修復されました。 

昭和62年 

京都烏丸七条の高須別院財産を処分し、客殿・茶所・御殿・台所の設備を一つに備えた同朋会館を建築しました。 


平成元年4月
 親鸞聖人誕生800年・立教開宗750年の法要を厳修。 

古くから西濃尾は風水害や地震の地域が多く、郷民はその度に別院に難を逃れることが多く、人々は助命壇と呼ぶようになり、近郊の人々からは「ご坊さん」として親しまれている。 

アクセス


別院案内

  真宗大谷派 高須別院二恩寺 


  •   所在地  〒 503-0653岐阜県海津市海津町高須町932
  •   電話番号 0584-53-0274 (平日9時~16時まで)
  •   FAX 0584-53-0274
  •   E-mail  [email protected]
  •   輪番 水谷 正人